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リテールメディア戦略で実店舗を軸とするWalmart--米国に見るトレンド

(本記事は当社CEO中村が『ZDNet Japan(リテールテック最前線)』に寄稿し、2023年7月18日に掲載された記事を再編集したものになります。)

 本連載では、エッジAIプラットフォーム「Actcast」を展開するIdein株式会社 代表取締役/CEO(最高経営責任者)の中村晃一が、米国小売市場の最新動向を見定めるとともに、自社のエッジAIの活用事例を解説する(連載第1回)。

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 日本の小売市場ではここへきて、店舗のデジタルサイネージをはじめとした「リテールメディア」が盛り上がっているが、本場・米国は果たしてどのような状況か。特に、リアル/オンラインを統合して販売を行う「オムニチャネル」が進む中で、激しい争いを繰り広げるWalmartとAmazonの動向は知りたいところだ。同時に、日本企業はこれからどんな手を打てば良いのだろうか。

 そこで話を聞いたのが、リテールテックスタートアップのNuRetail ファウンダー 兼 代表取締役CEOの飯田健作氏。同氏はウォルマートジャパン(現西友)やウォルト・ディズニー・ジャパンに身を置き、小売業界を網羅的に把握している。私・中村との対談を通して、世界の小売市場の現状リテールメディアの可能性日本企業がこれから取るべき方策を語ってもらう。

Walmartのリテールメディアは「リアル」の収益最大化が目的

|中村: 飯田さんは、米国をはじめとした先進国の小売市場の現在についてどう捉えていますか。例えば米Walmartは、最近話題のリテールメディアの広告費を発表し、他社も追随する動きが広がっているようです。

|飯田氏(以下、敬称略): 小売市場の規模は全世界で3000兆円と言われますが、その市場のトレンドを作っているのはWalmartです。資金も規模も戦略性も実行力も桁違いで、常に新しいことを大々的に行っています。この企業がリテールメディアに力を入れるとなると、世界のトレンドになっていく可能性が高いです。

 Walmartがリードし、世界中の小売企業が追随していくのが近代の流れです。同社は新しいモデルを作るのが極めて早く、他社は自分たちでゼロから試みるより、先行するWalmartの成功モデルから学んだ方が競争を勝ち抜きやすいという側面が多分にあると思います。

|中村: 逆に言えば、Walmartの動向をしっかり見ていれば、小売市場の未来予測もできると言えそうですね。その中で、米国におけるリテールメディアの期待度はどれほどなのでしょうか。

|飯田: 高いことは間違いないと思います。リテールメディアによって販売を促進できれば、小売業者や商品を作るメーカーの売上増につながる。さらに、それ以外の第三者にメディアを開放すれば、小売業者には新たな広告収入が入ってくる。要はそのメディアを見て行動を起こす人がどれだけ増えるかであり、良い結果が出れば期待値は増すでしょう。

 リテールメディアと言うと店舗のデジタルサイネージからECの広告まで幅広いですが、Walmartはあくまで「物販や実店舗の利益を上げる手段」と考えているのではないでしょうか。実店舗におけるリテールメディア活用が主軸のはずです。

 なぜなら、同社の店舗は全米にくまなく点在しており、ECと比較して店舗ネットワークの価値、来店客との接触頻度の高さ・強さが再認識されています。消費者は近隣に店舗があるので、ECで購入して商品の到着を待つより、買いに行った方が早い。24時間営業が基本で、商品点数も非常に多い。

 ECでは、集客が容易である一方、コンバージョンレート(CVR:訪問者のうち、購入などの最終成果に至った件数の割合)は低いです。しかし、購入率が高い実店舗とのオムニチャネルを展開すれば、たとえECで買われなくてもその後の来店時に再度購買のチャンスを作る「二毛作」を展開できます。だからこそリアルは重要であり、同社が進めるオムニチャネルやリテールメディアも、あくまで実店舗を軸としていると考えています。

|中村: AmazonはECから出発し、最近はリアルにも乗り出しています。Walmartにとって最大の競合と思えるのですが、両社の競争をどう見ていますか。

|飯田: Amazonは、先述した「ECの限界」「オムニチャネルの可能性」を感じて米スーパーマーケットのWhole Foods Marketを買収したと見ていますが、店舗運営のノウハウはまだ少ないです。となると、小売市場に関してはWalmartに分があると思っています。

|中村: ECが伸びてきた時、実店舗が残るか、オンラインに置き換わるかという話がありましたが、実店舗の価値が高いということですね。

|飯田: そうです。例えば、高級ブランドのように商品を直接確認したいものや、Disneylandのように体験を中心とした小売業では当然リアルが強くなります。食品や日用品はECでも十分なのですが、こうした商材は今すぐ欲しいことも多い。住んでいる国や地域にもよりますが、ECは届くまでに1~2日かかるので、車で10分の場所に店舗があるのなら買いに行った方が早いですよね。それをかなえる店舗網をWalmartは持っているのです。

判断基準は「最小限のコストで売り上げを高められるか」

|中村: 実店舗中心のオムニチャネル化やリテールメディア活用が進むと、来店客の行動データを分析し、収益を高める打ち手を考えるのは一層重要になると思います。当社のエッジAIもそれに通じる技術ですが、今後小売市場でのエッジAI活用は進んでいくと感じますか。

|飯田: Walmartのような体力のある企業は、そのツールが有効と感じたらどんどん取り入れます。判断基準は「最小限のコストで売り上げを高められるか」という点が全てです。最小限のコストで予算達成に貢献できるツールなら、間違いなく広がるでしょう。

|中村: われわれもコスト面は重要と考えており、当社のエッジAIはカメラなどの映像を取得した後、デバイス側で必要最低限の情報に処理してからサーバーに送信するため、通信コストを抑えられます。この処理方法なら、個人情報の問題もクリアしやすく、手間がかかりません。

 同時に、エッジAIの導入で大切なのは「データで何をするか」というビジョンを描けるかだと考えています。つまり、データを活用してどう売り上げを高められるかという道筋を作ることです。だからこそ、われわれはデータ処理の技術提供だけでなく、どう分析するかというコンサルティングまで行っています。

|飯田: なぜそのITツールを取り入れるのかについて、現場が納得できるように伝えることは大切でしょう。いわば、導入までのジャーニーを設計する必要がある。小売の現場は忙しく、新しい試みは現場の負荷を高めることになりますから。

 やり方として、社内のどこかで成功した実績を1事例でも作ることができれば、他の現場にも急速に広まり、「私たちも取り入れたい」となりやすいでしょう。新しい試みに前向きな一部店舗へ実験的に導入し、成功例を作ってしまうのです。こういうジャーニーを設計すると、導入が進むかもしれません。

|中村: そごう・西武でも当社のエッジAIを使った解析を池袋店で先行的に行いました。その結果は既に社内で共有されているようです。まずは一部店舗で成功例を作って広めるというシナリオは重要だと思います。

消費者のジャーニー分析は、自社で行うしかない

|飯田: リアルにおける消費者のカスタマージャーニーは未知の部分が多く、データを駆使して初めて分かることが数多くあるはず。Walmartは細かく分析をしているでしょうが、当然このノウハウは外に出しません。そのため、自社でノウハウを見つけることが求められます。小規模で良いので、売り場で細かくデータ取得のPoC(概念実証)を行うのが良いでしょう。

 特に日本はあらゆる場所に小売店があり、店舗に行くことをためらう理由が少ないでしょう。また、人手不足などで物流コストが上がるのは、送料のかかるECにとって逆風です。となると、今後も店舗は存在感を保つでしょうし、その中でのデータ解析は必要だと思います。

|中村: 小売企業側がデータ活用をする際、気を付けなければいけないことはありますか。

|飯田: 世界の潮流が欧州の「一般データ保護規則」(GDPR)に向かっていることです。個人情報保護に一層配慮しながらデータ取得・活用する必要があり、対策が不十分だと法的なリスクもあります。逆に万全の体制を取れば、個人情報リスクを恐れて二の足を踏んでいる他社の一歩先に行ける可能性はあるでしょう。この観点で明確な強みを持っているIdeinのエッジAIは大きいと思います。

|中村: 小売市場の現状やデータ活用のポイントが分かりました。最後に1つだけ、興味本位の質問なのですが、「ChatGPT」をはじめ生成AIは小売市場でも有用でしょうか。

|飯田: 活用できる領域はたくさんあると思います。当社が運営し、アジア・太平洋地域の食品やキッチン用品などそろえる小売店「亜州太陽市場」でも、ChatGPTを使ってポップの文言を作成しました。現場のスタッフには大変好評です。マニュアルの作成をはじめ、店舗の運営には幅広く活用できるでしょう。小売のバリューチェーンにはさまざまな業態が入り、立体的に組み合わさっています。生成AIをうまく使うことで、大きなインパクトが起きるのではないでしょうか。

本記事から考えるエッジAIの活用ポイント

  1. Walmartのリテールメディアは、リアルを軸としている
  2. エッジAI活用のポイントは、コスト低下と売上貢献のビジョンを描けるか
  3. 一部店舗で成功事例を作り、社内に広めるという導入設計が必要
  4. 個人情報の不安をクリアできた企業は、データ活用で他社の先を行く



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