実世界のあらゆる情報をソフトウェアで扱えるようにする──。そんな想いのもと、2015年4月にIdein(イデイン)株式会社は誕生し、おかげさまで本日2023年4月7日に創業8周年を迎えました。
開発に5年もの歳月をかけ、2020年にローンチしたエッジAIプラットフォーム「Actcast(アクトキャスト)」の累計登録台数は2023年3月時点で16,000台を突破。現在、エッジAIプラットフォーム国内シェア2年連続No.1となっています。さらに、本導入に向けた実証実験も各所で進行中です。
この節目の日に際して代表取締役 / CEOの中村が、Idein創業までの経緯やActcast開発までの歩み、Ideinの目指す将来像について語りました。
(以下のブログ記事は『PR TIMES STORY』に掲載した中村のインタビュー記事を再編集したものになります。)
国内シェア2年連続No.1のエッジAIプラットフォーム「Actcast」とは?
「Actcastは最先端の解析技術を活用し、実世界のさまざまなデータを自動的に収集・分析するプラットフォームです。幅広い分野での利用が想定されており、例えばリテール業界であれば商業施設の映像や音声といったデータをリアルタイムで解析し、マーケティングに活用できます。この他、店舗や工場などさまざまな現場のデータを業務効率化に役立てることが可能です」(中村)
エッジデバイス側でデータ解析を行うため、クラウドには必要な情報のみを送信できるのがエッジAIの大きな特長です。一方、クラウドAIはすべてのデータをクラウドへ送るため、プライバシーの問題が懸念される上、通信やサーバーのコストが増大します。そういった課題を克服できる点も、近年エッジAIが注目を集める理由と言えます。
「ActcastとAIカメラで混雑状況をリアルタイムに計測したり、来店客の属性や動線を把握することもできます」
他にはAIカメラとデジタルサイネージを組み合わせることで、視認率や視認者の属性データを取得することも可能です。これにより広告の費用対効果を測定できる上、見る人の属性に応じてより適切な広告コンテンツの出し分けや商品開発にデータを活用することができます。
これからの時代に不可欠ともいえるエッジAIテクノロジー
またエッジAIはエネルギーの大量消費問題が深刻化する現代において、サステナブルな仕組みであることでも関心が寄せられています。通常のクラウドAIは、取得データそのものをデータセンターに送信するため、膨大な通信量がかかります。2030年には世界中のデータセンターの消費電力のうち、半分以上がAI用途になると予測されています。
一方でエッジAIは無駄なデータの送受信が行われないため、通信量の削減に大きく寄与します。例えば、下図のユースケースで試算すると、データをデータセンターに送信した場合の1日当たりの消費電力はクラウドAIで1万8千世帯分になりますが、エッジAIではわずか4世帯分となり、その差は歴然です。
Actcast は2020年1月に正式版をリリースしました。2022年に入ってからは3ヶ月間で登録台数が一気に5倍ほど伸び、2023年3月時点で累計登録台数16,000台を突破しています。また、協業パートナー数は150社を超え、国内のエッジAIプラットフォーム2年連続シェアNo.1を獲得しています。なぜ、ここまで急速に拡大したのでしょうか。
「当初から低コストを実現し、大規模運用を想定したプラットフォームとして開発しました。その価値を評価いただけていると考えます」
技術者魂を発揮し、ハードウェアコストを劇的に削減
Actcastの特筆すべき点は、エッジAIのハードウェアに安価な英国発デバイス「Raspberry Pi」(ラズパイ)を使用していること。ラズパイは1台数千円程度。クレジットカードほどのコンパクトサイズで、汎用エッジデバイスとして広く普及しています。
高度なAI解析にはそれが処理できるだけの高性能なコンピュータが必要なため、数十万円といった高価なデバイスを用いることが通常ですが、ラズパイの活用により導入コストを従来の数十分の一に圧縮することが可能なのです。
ラズパイのような安価なマシンでも、AIモデルを軽量化せずに高度なAI解析を実行できるのは、当社が独自の高速化技術を保有していることに他なりません。
ランニングコストも安価であるため、大規模導入しやすいのもActcastの大きな魅力です。多くの面(店舗)を持ち、顧客接点の多い大手小売では導入が特に進んでおり、全国の店舗で一斉にAIカメラを導入するなどして規模が数千台に膨らみました。
さらに大手百貨店では店舗運営の効率化やプロパティマネジメントなどデータの多様な利活用に向けて、Actcastを活用した顧客分析の実証実験が進行中です。このような大企業での導入が相次いだことから、登録台数の拡大に拍車がかかったのです。
本来、エッジAIを働かせるためには相応の処理能力を持つハードウェアが必須だった中、安価なラズパイに目を向けた理由とは何だったのでしょうか?
「創業直前、ラズパイに高性能なGPUが搭載されていながら、活用されていないことを発見しました。このGPUを利用すればAIを動かせると気づいたのです。とはいえGPUをAI用途で使用するためのツール群の開発は極めて難しく、受託開発の案件などが重なり開発に集中できない日々が1年くらい続きました。
なかなか腰が上がらなかった中、着手するきっかけとなったのがエンジニア界隈で人気の『アドベントカレンダー』でした。クリスマスに向けてブログで技術ネタを披露するというお祭り的なイベントで、これに便乗するかたちで3日間ほぼ徹夜して最初のツールを完成させました」
こうしてコンパイラでGPUの処理能力を活用し、最先端のAI解析を行うIdein独自技術が誕生したのです。ラズパイの未利用領域の発見により、エッジAIデバイスの低コスト化が実現した瞬間でした。
子どもの頃から数学と物理にのめり込んでいた
さて、ここで創業者の中村自身について少しお話したいと思います。東大時代にスーパーコンピュータの研究に没頭した中村はどのような生い立ちを歩んできたのでしょうか。そしてどのような経緯で起業に至ったのでしょうか。
中村は1984年、遺伝子工学の研究を行う父と、助産師の母の長男として名古屋に生まれました。その後父の仕事の都合で岩手県へ移り住み、幼少期から高校までを岩手で過ごしました。父の仕事の影響もあり、物心ついた頃から科学に興味を持ち、愛読書は図鑑でした。
中学からは数学と物理にのめり込み、教科書を片っ端から読み、休み時間にひたすら数学の問題を解くといういわゆる“ガリ勉”でした。言うまでもなく成績は優秀で、高校の物理の模試では全国2位に輝いたことも(1問だけ不正解で満点を逃したためとのこと)。
中学、高校は吹奏楽部に所属。当時は東京芸術大学の音楽理論を研究する「楽理科」を志望しており、高校2年までピアノのレッスンを受けていました。しかし、「東京芸大に受かるのは難しい」「得意な数学や物理を活かさないのは勿体無い」という周囲のアドバイスもあり、東京大学に進むことになりました。
コンピュータに取り憑かれた東大時代
大学入学当初は物理学者になりたいと考え、教養課程の間は理学部物理学科を目指していました。
「宇宙が好きだったので、物理学研究会というサークルに入り、天体のシミュレーションを行うプログラムを作っていました。ただ計算量が多すぎて、普通のノートPCでは処理できず、解決の道を探す中で計算機科学という分野を知って。そこからスーパーコンピューターに面白みを感じ、理学部の情報科学科に進みました」
情報科学科では「CPU(中央演算処理装置)実験」という、プロセッサーの回路やソフトウェアをゼロから作るという課題に没頭します。一方で、好きな授業ばかり出席して、英語などの必修科目にはほとんど出ていなかったため、留年は3回。半ば諦めていた卒業ですが、CPU実験で成果を出していたことが評価され、大学院に無事進学。スパコンを専門に研究する研究室に進むことになりました。
最適化コンパイラという技術の研究を行う中、人生の転機となる出来事が訪れました。
「当時、米プリンストン高等研究所の教授が指導教官を訪ねていて、たまたまその人に研究内容をプレゼンすることになって。そうしたら『面白い!来月から来なさい』と言われ、その2か月後に渡米しました」
同研究所では異なる分野の研究者たちが議論を重ね合いながら、各々が好きな研究に取り組むというスタイルでした。自由な環境こそがクリエイティブな発想につながると実感しました。
「学問的な学びは山ほどありましたが、最も大きな収穫は個人で生きるという道を知ったことです。企業や研究所といった組織に属さずに活躍する“一級品”の人間ばかりで。過ごしたのは2カ月だけでしたが、間違いなく人生の選択肢が増えた時間でした」
「ソフトウェアで実世界のデータを取得したい」と、起業を決意
帰国後は、プリンストンで築いた人脈を活かし、京都大学や神戸大学などの研究グループに個人として参加しました。さまざまな人と会う中で、大学に残るのではなく、自身で新しい“コト”を模索する道を探し始めます。そんなある日、突然思い立ったように起業を決意したのです。
「現在、Ideinのビジョン・ミッションとして『ソフトウェア化された世界を創る』『実世界のあらゆる情報をソフトウェアで扱えるようにする』を掲げていますが、その根底には東大時代、スパコンの中でさまざまな仮想空間をシミュレートする研究に関わっていた経験が深く影響していると思います」
Ideinという名前、ロゴに託す想い
社名は「アイデア」の語源で、ギリシア語で見る・知るという意味を持つ「イデイン(Idein)」が由来です。世界中のさまざまなアイデアを実現できるプラットフォームを作りたいという想いが込められています。
ロゴは日本神話に登場するカラスで、導きの神と信仰される「八咫烏(ヤタガラス)」がモチーフ。「知性で勝負したい」と知的なシンボルを探す中、たどり着いたのがカラスでした。
初期メンバーは、創業前に中村が講師を務めていたプログラマー向けの数学勉強会の聴講生などで構成されました。共同創業者・CTOの山田とはこの勉強会で知り合いました。
創業初期はActcastの原型である、電球型カメラ「Actbulb(アクトバルブ)」と遠隔管理のプラットフォームサービスを構想していました。Actbulbの開発には2年ほど費やしましたが、金型を作るだけで数千万円必要であり、当時の資本力では量産までたどり着くのが困難でした。一方でエッジAIの需要が伸びることが予見されたため、2018年からActcastにフォーカスしました。
Actcastという名前は「Act(アクション、アクティビティ)」をインターネットに「cast(投げる)」というコンセプトを表現。実際にプロダクトもactとcastという名称の仕組みで構成されています。
Actcastはα版として2018年12月にリリース。当時はどのような反応だったのでしょうか。
「エッジAIは注目され始めていたので関心を頂く場面は多々ありましたが、『どうやって使うの?』『実世界のデータを集めてどうするの?』と、キラーとなるユースケースを見出すことに苦労しました」
転機となったのが、米国・ラスベガスで開催される世界最大級のテクノロジー見本市「CES」でした。Ideinのブースに総合商社の担当者が偶然立ち寄ったことがきっかけとなり、全国展開する小売大手での採用が決定し登録台数が急激に伸び始めました。その後も積極的に営業活動を推進した結果、徐々に商談も増え、ローンチ半年でパートナーは70社を超えました。
現在では、Actcastの認知度は確実に高まりつつあり、引き合いもα版リリース時とは「雲泥の差」(中村)です。
「技術力がいかに優れていても、売れるかどうかはまた別の話。まず知ってもらわなければ意味がないので、営業やマーケティング・PRはやはり不可欠ですね」
未来のモビリティ社会を見据えて
今後はアライアンスへの取り組みにもより注力していきます。多彩な技術やフィールドを持つ企業と事業展開を行うことでビジネスをさらに広がりのあるものにしていけるようになります。エッジAIは今後、生活の身近なシーンで活用され、新たなソリューションが誕生すると想定されています。その代表格となるのが、自動車やドローン、ロボットなどのモビリティ分野です。技術の進歩によってこれらは着々と自立化し、極めて大事な社会インフラとなることでしょう。
そんな未来のモビリティ社会を見据え、2023年2月に株式会社アイシンと共同で開発したのがエッジAIカメラ「AI Cast(アイキャスト)」です。
個人の存在感を発揮してもらいたい
昨年2022年末には、Ideinの新Value「Dots&Circle」を制定しました。これは旧Valueの制定時よりも社員が増えたため、組織としてのメッセージを改めて伝えたいという想いからです。
社員一人一人が置かれた現状に対し、未来への想像力を働かせながら高いパフォーマンスを発揮し続けていく──その点(ドット)が重なり合うことで好循環(サークル)が形成されていく──そんな組織を目指しています。
エッジAIプラットフォームへと急成長を遂げている今、社員にどのようなことを期待しているのでしょうか。
「スタートアップというチャレンジングな環境に飛び込んでくるのは優秀である証。個人として存在感をどんどん示してもらいたいと思います。この先100人、1000人と規模が拡大した時の技術やカルチャーは、今の社員たちが作り、伝えていくもの。チャンスはどこにでも転がっているので、力を発揮してもらいたいです」
最後に、中村が目指す未来について。
「Actcastは十分価値があると手応えを感じました。次のフェーズはプラットフォームとして離陸させること。Ideinだけではなく、第三者が自発的に使っていく段階であると考えます。近年ではベンダーエコノミクスが立ち上がりつつあるので、パートナーのアクティベートがより重要となってくるでしょう。
また海外進出も視野に入れており、まずは世界各地に拠点を持つパートナー企業と共に、北米でのシェア獲得を目指していく予定です。また会社の一つの節目として上場も目標としています。いつかは鐘を鳴らしてみたいものですね」
「国内シェアNo.1」について
デロイト トーマツ ミック経済研究所 『エッジAIコンピューティング市場の実態と将来展望 2022年度版』(https://mic-r.co.jp/mr/02530/) 「エッジAIプラットフォームのベンダシェア(台数)」の調査結果に基づく