(本記事は当社CEO中村が『ITmediaビジネスオンライン(リテール大革命)』に寄稿し、2023年3月9日に掲載された連載記事を再編集したものになります。)
日本のリアル産業を救う“エッジAI最前線”
リテール業界はエッジAIを使ったIoTによって飛躍的に進化できる──当社CEOの中村はそう語る。当社では、エッジAIのカメラやセンサー、マイクによってさまざまな店舗の収益改善に取り組んできた。本連載ではエッジAIを使ったIoTでどう収益性改善にアプローチできるのか、大型百貨店やコンビニ、対面接客といったケースごとの事例を基にその方法を紹介する。
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人のいる全ての空間を「資産」に変える! リテール業界の飛躍を後押しするエッジAIとは
今回取り上げるのは、大型百貨店におけるエッジAIの活用について。大型百貨店はリテール業界の中でも来店者数が圧倒的に多く、その人たちの属性や人流をくまなく分析するのは困難であるとされていた。その結果、会員カードを持つお客など、一部のデータをもとに経営判断せざるを得なかったといえる。
しかしエッジAIやIoTを使うことで、来店者の膨大なデータを分析することが可能になってきた。そしてそれらの分析を進めると、いままでの常識を覆す発見がいくつもあるという。
こうした考えを実証したのが、そごう・西武の事例だ。同社ではIdeinのエッジAIカメラで来店者を分析し、店舗改装やイベント企画のヒントにしている。実際にどんな発見があり、どう施策につなげたのか。そごう・西武 事業デザイン部の檀 直樹氏を招き、中村と振り返った。
AIカメラを設置した店舗(そごう・西武プレスリリースより)
会員カード情報だけでは限界があった百貨店の「デモグラ分析」
中村: そごう・西武では、エッジAIカメラを使って来店者の分析を進めていますが、改めて、この取り組みがどんな課題感から始まったのか教えてください。
檀氏(以下、敬称略): 「お客さまの固定化」が進んでいたことが課題の一つです。多くの人が想像する通り、百貨店の売上を担うお客さまは高齢層に固定されつつあると予想していました。しかし来店者を分析した結果、それはある意味私たちの“思い込み”で、十分に若い世代のお客さまが来店していることが分かったのです。
その話は後ほど説明するとして「お客さまの固定化」という危機感から、新しい客層の取り込みや将来顧客の獲得が重要だと感じていたのです。となると、若い世代へのアプローチが求められます。
中村: これまでも若い世代に向けた施策は行ってきたのでしょうか。
檀: はい。1つの事例が西武渋谷店にあるCHOOSEBASE SHIBUYAです。いわゆるOMOの取り組みで、店頭でのオフライン購入、場所を選ばないオンライン購入のどちらも行える売り場にしました。従来の百貨店には少なかったD2Cブランドも増やし、20代をはじめとした若年層のお客さまに数多く足を運んでいただいています。
CHOOSEBASE SHIBYA
このような施策も行いつつ、さらに新しいお客さまを取り込むため、販売データでは確認できない非購入客も含めたデータを分析し、潜在ニーズを掘り起こしたいと考えたのです。ECでは、お客さまがどこから来てどうサイトを巡回し、何を買ったのか、あるいはどこで離脱したのかが全て可視化されます。ECの当たり前をリアル店舗でも当たり前にしたいと考えたのです。
中村: そこでエッジAIカメラを使った取り組みに至ったわけですね。
檀: 具体的には、エッジAIカメラを使ってお客さまの年齢や性別といったデモグラフィックデータ(デモグラ情報)を取得。フロアごとにエッジAIカメラを設置し、来訪者を分析しました。なお、このデータは個人情報に抵触しないテキストデータで取得しています。
これまで私たちは、会員カードによってお客さまのデモグラ情報を取っていました。しかしカード契約をしているお客さまだけでは、限定的なデータしか取れません。これまでも店舗の入口で顧客の写真を撮り、人の動きや属性を分析することは実施していました。しかし、これもあくまでその瞬間のデータしか残りません。今回のAIカメラは、定量的に大量の人流をデータ化できる点がポイントでした。
中村: 店舗が競争力をつけるには、まずデモグラや人流といった“現状”の把握が大切です。しかし、百貨店は現状把握が容易ではありません。大量の人流を人間の目だけで判断するのはどうしても限界があります。そこでこういったエッジAIカメラの活用は有効になると思っています。
データを取って判明した「30代へのアプローチ」の勝算
中村: 実際にデータを取得・分析してみて、どんな発見があったのでしょうか。
檀: 一番大きかったのは、お客さまの「世代」に関する発見です。百貨店の売上は50歳以上のお客さまが中心になっており、30代以下は割合が低い傾向にあります。
そのため来店者層も、現場では「30代以下は1割ほど」という肌感覚を持っていました。しかしデモグラを取ると、約3割を占めることが判明しました。若い世代のお客さまは購買に結び付きにくいので、知らず知らずのうちに「30代以下は少ない」というフィルターをかけていたのです。
この結果をヒントに、若年層に向けたコーナーを実験的に差し込むと、30代以下の来店者が増加しました。しかも目的を持って来店するため、購買につながっていきました。つまり、30代以下のお客さまも打ち手次第で成果が出ることがデータで判明したのです。
来場者の年代の割合
中村: これらをベースに、30代以下に向けた施策を本格的に進めていましたよね。
檀: 実際に取り組んだ施策として、そごう大宮店の改装に合わせて地下1階の食品売り場のレイアウトを変更し、動線をとりやすくしました。30代以下は子育て世代が多く、ベビーカーを押しながらでも買い物しやすくするためです。
すでに改装前後のAIカメラによるデータを分析しており、30代以下の来店が改装前に比べて増加していることが分かりました。これを基に他店舗でも同様の取り組みを実施する予定です。また、大宮店は2階入口がメインになっており、地下の食品売り場に来る方の多くがエスカレーターで下ってきます。実際に、半分以上がこのルートでした。
改装では、エスカレーターからの売場の見通しを良くし、フロア内にあった厨房をバックヤードに移設しています。その効果検証をエッジAIカメラで実施したところ、これまで流入が少なかった場所にもお客さまが来るようになり、フロア全体の回遊性が良くなっていることを定量的に確認できました。
そごう大宮店 食品売り場(地下1階)
中村: 人の消費行動は限りなく「科学」であり、フロアの構造などで行動に一定の傾向が出ます。エッジAIカメラでその傾向をつかみ、店舗競争力につなげた事例だと思います。
檀: その他、西武池袋本店では催事場に関する施策も行いました。2022年10月から催事場にエッジAIカメラをつけ、期間内に行われた3つの催事の来店者のデモグラを計測しました。すると、毎年開催している「京都名匠会」に訪れたお客さまの3割近くが30代以下であることが分かったのです。
中村: この結果については、驚きの声が多かったことを覚えています。
檀: 京都名匠会は京都の工芸品や織物、食料品などの販売イベントで、年配者の来客が多いと想定していました。しかし、実際は若年層の引きが強かった。これは意外でした。この結果から、今後は若年層がより京都名匠会を楽しめるよう、抹茶のスイーツを用意したり、“映え”やすいものを取り入れたりしようといったアイデアが出ています。
京都名匠会(催事場)の様子(そごう・西武プレスリリースより)
見据えるのは「百貨店によるプロパティ・マネジメント」
中村: 今後、エッジAIカメラを使った分析として考えていることはありますか。
檀: 階をまたいだお客さまの回遊分析です。例えば大宮店では、メインの入口がある2階にいたお客さまが、その後どれだけの時間をかけて地下の食品売り場を訪れたかを分析する予定です。
仮に2階から入り、すぐに地下の食品売り場を訪れたなら、それが来店の動機だと分かりますし、時間がかかった場合は他のフロアの“ついで”とも考えられます。お客さまが店を訪れた動機を把握することで、2階入口に設置しているデジタルサイネージの活用にも生かせると考えています。食品売り場に直行するお客さまが多い時間帯は、それに合わせた表示にするといった打ち手ができるはずです。
中村: 階をまたぐお客さまの回遊分析には、FaceIDによる技術(ReID)が使われています。顔の特徴点をベクトルデータ化してIDを振り、同じ顔の特徴を持つ人物が各フロアのカメラに映ったら同一人物と識別。各人の回遊状況を把握しています。
FaceIDによる技術「ReID(Re-Identification)」
このような分析により、データに基づいた施策を用意できれば、百貨店にとって重要な店舗競争力になるのではないしょうか。
檀: その上で私たちが目指すのは、百貨店がプロパティ・マネジメントを行うことです。人流データをわれわれの分析材料にするだけでなく、テナントの方にサービスの一環として提供する。あるいはデータを基に、売上向上につながるイベントや販促を考え提案する。そうして資産価値を上げていくのが理想です。
さらに、こういったデータやそれに基づくコンサルティングをテナントや他の施設に提供できれば、新しい価値にもなります。加えて、最終的にはお客さまが家を出るところから来店するまでのルート、店内の回遊状況、最後に購入したものまで、カスタマージャーニーをつなげて分析できたらと考えています。
中村: そこまで長いスパンで考えていただけるのはうれしいですね。カスタマージャーニーを分析するにはたくさんの協力が必要ですが、皆さんでスクラムを組んで、よりよいものにしていきたい。それはきっと人々の満足や世の中への貢献にもなると思います。
檀: 大切なのは、こういった分析がお客さまの体験向上につながることです。買い物が楽しくなったり、施設内で行動しやすくなったりするためにデータがあるはず。その考えのもと、これからも取り組みを進めていきたいですね。
本記事から考えるエッジAIの活用ポイント
- 今まで捉えきれなかった膨大なデモグラを定量で測る
- データに基づいた施策を進め、その効果測定も行える
- イメージとは違う人流の実態を基に店舗を設計できる
- これらのデータを使い、百貨店がプロパティ・マネジメントを行える
本連載では、今後も1つ1つの事例を紹介しながら、成果やノウハウ、エッジAI技術の可能性を解説していきます。
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著者プロフィール Idein株式会社 CEO 中村 晃一(なかむら こういち) 1984年生まれ、岩手県出身。東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻後期博士課程にて、スーパーコンピュータのための最適化コンパイラ技術を研究。AI/IoT技術を利用して物理世界をデータ化する事業にチャレンジしたいという思いから、大学を中退し2015年にIdeinを設立。18年には半導体大手の英ARM社から「ARM Innovator」に日本人(個人)として初めて選出された。プログラミング・ものづくりと数学や物理などの学問が好き。趣味でジャズピアノをひく。 |
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