(本記事は当社CEO中村がZDNet Japanに寄稿し、2022年9月28日に掲載された記事を再編集したものになります。前編はこちらです。)
前編では近年注目を集めている「エッジAI」(端末に搭載される人工知能)という技術について、その需要が高まっている背景を説明した。後編では、筆者が創業したIdeinで展開する具体的な事業を例に挙げて、エッジAIがどのような用途で活用されているのかを紹介する。
エッジAIの応用といっても、非常に多岐に渡る。最も身近な例は、最近のスマートフォンに搭載されているさまざまな処理だ。例えば、つい最近登場した「iOS 16」に実装され非常に話題になった画像切り抜き機能はその典型例である。もちろん、これは「iPhone」の端末内で処理されているエッジAIである。通信を全てオフにしても動作することから確認できる。こういった、画像切り抜き機能のような目立つものから、気付かないうちに使用されているものまで、スマートフォンの体験向上のためにさまざまなエッジAIが活用されている。
産業用途におけるエッジAIの応用では、自動運転車やロボットなどを想像される方が多いだろう。これらの用途はエッジAIが必須であり、将来的に中心的な応用例になるのは間違いない。しかし、そうした複雑で高度な製品が成熟し、かつコストダウンして広く使用されるようになるまでには、まだまだ年数を要すると思われる。
さて、当社で主に取り組んでいるテーマは、実世界からのビッグデータの収集と活用である。近年具体的なビジネスでの利用が増加している応用方法である。
デジタルトランスフォーメーション(DX)とは情報技術(IT)やデジタル技術を活用して、業務プロセスの改革や新たなビジネスモデルを創出することにより、企業競争力を高めることを言う。となると、何かしらのツールやサービスを導入した業務の効率化、省人化、自動化に意識が向きがちであるが、筆者はそれよりもデータの活用こそが重要であると考えている。
企業の業務はさまざまなプロセスが複雑に連なっているが、ボトルネックでない部分を幾ら効率化しても全体の効率は上がらないということを理解する必要がある。逆にボトルネックを効率化すれば、その他はそのままでも全体の効率を上げることができる。やみくもに目先業務の効率化を行うのではなく、業務プロセス全体を俯瞰(ふかん)して、どこをどれだけ効率化すれば、全体にどれだけ効果があるかを知ることが重要である。DX推進のためには部署横断組織が必要であると言われるのはそのためである。
同様に企業活動のデータ化は、複雑な業務プロセスのどこに投資を行い改善すべきかを適切に判断する上で極めて重要である。さまざまなツールやサービスを導入するのも、省人化だけが目的ではなく、その業務プロセスをデジタル化することでデータによる後の分析ができるようになることがより重要である。
筆者は従来の技術ではデータ化が難しかった、物理空間で起きる物事をAIでデータ化し収集することを可能にしたいと考え会社を設立し、そのための製品「Actcast」の開発をこれまで進めてきた。2020年の立ち上げ後、さまざまなデータ収集に利用されるように成長した。その幾つかの事例を紹介したい。
Actcastは小売り分野において最も活用されている。これは、意図的に同分野の開拓から着手したためであるが、データの活用に最も関心が高いのも同分野であると考える。特に消費者に関わるデータへの関心である。
前編で解説したように、エッジAI技術を使用すると、現場に設置したカメラが捉えた映像内の人数や年齢・性別などの推定値などを計算した上で、数値やテキストなど匿名化された情報のみを収集できる。
(これはデモのため映像化しているが、実際には「Male 30」のような匿名のデータしか収集されない)
店舗のデータというとPOS(販売時点情報管理)レジが代表的であるが、これだけでは店舗の状況を把握するには不十分である。というのは、POSレジで得られるデータは実際に買い物を行った、購買客のデータのみである。
を把握し、彼らにとって魅力ある店舗・商品にすることで売り上げを伸ばせる可能性があるが、これらの情報はPOSレジからは得ることができない。そこで、ビーコンなどのさまざまな手段を使って来店客の情報を収集することにこれまでこの業界は取り組んできた。しかしこれらの手段は全体を網羅できないなどの課題が残る中で、エッジAIの活用に注目が集まっているわけである。
具体的な事例としてそごう・西武の事例を紹介する。そごう・西武と当社は2022年4月から西武池袋本店とそごう大宮店においてエッジAIを利用した顧客分析の実証実験を実施している。具体的なデータはここでお見せできないが、統計化された顧客データをさまざまな粒度で時間ごとに確認することができる。
実験を開始してまだ数カ月だが、既にデータを通した新しい発見があった。それは、これまでそごう西武側が想定していた入店客の年齢層と、実際の年齢層にギャップがあったということである。早速このデータに基づいた施策を実施するとのことである。池袋店舗は駅と直結していることもあり、購買客以外の入場客が多く、その年齢層が興味を引くような店舗・商品を配置することで売り上げを伸ばせる可能性がある。また、場所の集客力を具体的な数字で示せることは、テナントの誘致においても武器になる。
製造分野でのActcastの利用も始まっている。Actcastはパートナー企業が独自のデータ収集アプリケーションをマーケットプレイスで販売できるのだが、7月に京セラコミュニケーションシステムズから「メーターリーダー」アプリの販売が開始された。
これはアナログメーターをカメラで読み取ってその数値を収集するアプリケーションである(執筆時点では円形のメーター、扇型のメーター、7セグLEDに対応。詳しくはこちらを参照)。
最近の工場設備はデジタル化されているものも多いが、長年使用されている設備をメーターの部分だけデジタル化するというのは困難である。だからといって、まだ使用できる設備を丸ごと入れ替えることもできない。そこで、こうしたアナログメーターをカメラで読み取るという用途に需要があるわけである。
製造業においてもさまざまな理由からデータの活用が求められている。人口減少の進む日本においては生産性の向上が急務である。さもなくば、生産を維持することも難しくなってしまう可能性がある。冒頭で述べた話であるが、生産性を上げるにはボトルネックを叩かなければならない。そのためには工場全体の生産プロセスをデータによって可視化することが重要となる。
メーターを計測することで、各設備の稼働状況がリアルタイムで可視化される。ずっと稼働しっぱなしのプロセスはボトルネックである可能性が高く、停止が多いプロセスには無駄がある可能性があるだろう。このような形でテコ入れをすべきプロセスが洗い出される。また、稼働データを蓄積することで将来的に設備の故障予測などが可能になる可能性がある。稼働停止期間を最小限にすることも生産性向上のために重要となる。
また、近年はカーボンニュートラルやトレーサビリティーなどの要請も強まっている。こういった要請に応えるためには、電力などのエネルギーの生成と使用の管理、各部品やその材料まで遡ってのサプライチェーン(供給網)の追跡など、難しい管理を行わなければならない。製造や流通のさまざまなプロセスをデータ化して一元管理することがますます求められる時代となっていくだろう。
当社が製品を立ち上げた2020年に策定した業界地図がある。これに基づいてまずは小売り分野を開拓した。そこで得た経験、会社や製品に対する信頼によって2022年現在は製造分野をはじめ、上記で説明できなかったがMaaS(Mobility as a Service)や広告などの分野に進出している。
以上、エッジAIで現在行われているビジネスの例について紹介し、今後の展望について述べた。今回は説明できなかった、MaaSや広告といったユースケースもこの社会を大きく変える可能性を持つものであり、いつか説明できればと思う。本記事を通してDXにおけるデータ活用という視点の重要さを理解していただき、皆さまの仕事に少しでもお役立ていただければ幸いである。
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エッジAIとはどういうものでどういった場面で効果的かをイメージいただけたとしても、やはり実際に試してみるとなるとハードルが高いのではないでしょうか。
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